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自慢の娘であり続けること
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    このブログのタイトルには、「子育て考」とあるのですが、子育てって、「自分がどう育てられたか」が基準になることは多いですね。

    実は、私は自分の母親を小4で亡くしましたので、母がどんなふうに私を育ててくれたか、具体的なことが記憶としてありません。妹がぜんそく持ちだったので、そちらにかかりきりになることも多く、俗に言う「カギっ子」でもありました。ひとつだけ忘れられないのは、気性の激しい父が、夕食のときにお膳をひっくり返してモノを投げるようなことがときどきあり、そんなときに自分が盾になり、守ってくれたこと。

    母は命がけで子どもを守るもの。

    夫に嫌われたくないから、夫が子どもに暴力を振るっても、守るどころか一緒になって子どもに危害を加える母親がニュースに登場する昨今、いったいどんな育てられ方をしてきたのだろうと不思議に思います。

    子育てが孤独と感じるときは私にもありました。
    母を早くに亡くしているので、相談する相手もありませんでした。

    でも、私には幸い、守ってもらった記憶がありました。
    たぶん、それだけで私は自分の子どもたちを大切にできたのだと思います。




    私は今、母ではなく、父のことを考えています。

    ときどきお膳をひっくり返す父でも、今で言う「DV」のような状態ではありません。虫の居所が悪いときに、ちょっと暴れる、という感じでした。でも、父が大嫌いで、母が他界したあとには、早く大人になって、この家を出て行きたいと思っていました。

    結局、23歳でお嫁に行くまで、一緒に暮らして、そのあともしばらくは車で15分ほどのところに住んでいましたから、互いに行き来はしていました。

    でも、あまり深く付き合いたいとは思っていなかった。

    父は母が亡くなる前に大きな病気をして、それ以来、完全に健康な体になることはなく、いつもどこか不具合を抱えていたのですが、口だけはいつも元気で、どうしてこんなに偉そうにものをいうのかと、とても不愉快でした。


    …そう思っていました。

    でも、今、振り返ってみると、本当に細かいところを思い出そうとしてみると、そうでもなかったかも。と思うのです。いつからか、父のことが嫌いになり、その言動の全てを自分が受け入れられなかっただけ。そんな気がするのです。

    私の子どもたちが生まれたときも、すぐに顔を見に来てくれて、喜んでくれて、お乳がよく出るようにと大福餅を買ってきてくれて、写真も山ほど撮ってくれて…。

    私が父を嫌いになる要素なんてなにも思い浮かばない。

    不器用な人だったんだな。
    もっとやさしい言い方だってあっただろうに。

    考えてみれば、男手ひとつで女の子2人を育てるなんて、どれだけ大変なことか。父の母親、つまり私の祖母は、母が亡くなったあと、わが家の主婦として大活躍してくれましたが、やっぱりおばあちゃんには無理が言えなかったし、心を開いてなんでも相談、というわけにも行かなかった。それまでお盆と正月に顔をあわせるだけの人だったんだから、それも無理はない。

    それに、おばあちゃんは厳しかった。

    何人かの父の知り合いにお会いする機会がありました。
    みんな口を揃えて言うのは、父が、いつも私のことを自慢していたということ。
    正直、父のようにはなりたくないと思って、なんでもきちんとやってきたし、母親がいないからといわれるのがイヤだったから、周りの人より少し上にいたいと思ってがんばってきた。その結果、父にとっては自慢の娘になれたんだけど、ぜんぜん可愛げのない娘だったのに。

    表面的なことだけで決めつけちゃダメ。
    44歳になって、4人の子どもの親になって、父に初めて感謝しています。

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    posted by: | 私のこと | 18:28 | comments(0) | - |